伝説ではあるお坊さんが法力によって「えい!」と気合を掛けて投げ入れたから、投げ入れ堂と名前が付いてるらしいけど、実際はそうじゃないでしょ~やはり腕の良い宮大工さんが造ったものだと私は思います。
まあどちらにしても1300年も前にどうやって建てたのでしょうか、去年だったか修復工事をやったらしいですが、材木はやはり素晴らしく良い物を使用されて居たようです!
だって腐食が殆どと言って良い位無い!下から眺めても本当に綺麗なんですもん!
三仏寺(さんぶつじ)は鳥取県東伯郡三朝町にある天台宗の仏教寺院。山号を三徳山(みとくさん)と称する。
開山は慶雲3年(706年)に役行者が修験道の行場として開いたとされ、その後、慈覚大師円仁により嘉祥2年(849年)に本尊釈迦如来・阿弥陀如来・大日如来の三仏が安置されたとされる。
鳥取県のほぼ中央に位置する三徳山(標高900メートル)に境内を持つ山岳寺院である。古くは三徳山全体を境内とした。「投入堂」(なげいれどう)の通称で知られる奥院の建物は、垂直に切り立った絶壁の窪みに建てられた他に類を見ない建築物で、国宝に指定されている。また、三徳山は昭和9年(1934年)7月7日に国の名勝、史跡に指定された。
三徳山三佛寺のHP http://www5d.biglobe.ne.jp/~mitoku/
此処は非常に険しくて危険です。それなりの装備をして行ったほうが良いと思います
私達は宿から聞いてスニーカーと軽装で大丈夫と言われて、スニーカーで行きました。

所在地 鳥取県東伯郡三朝町三徳1010
山号 三徳山(みとくさん)
宗派 天台宗
本尊 釈迦如来、阿弥陀如来、大日如来
創建年(伝) 嘉祥2年(849年)
開基 (伝) 慈覚大師
正式名 三徳山 三佛寺
札所等 中国三十三観音霊場31番
伯耆観音 霊場29番
文化財 投入堂(国宝)、文殊堂、地蔵堂、納経堂ほか(重要文化財)
三徳山 (史跡・名勝)
伝 説
むかしむかしのお話です。
大和の国、今の奈良県の葛城山に役小角という修行僧がいました。
役小角は法力をもって、鬼神を従い、空を飛ぶことも出来たといわれています。
ある日、役小角が聖地と修行の場を求めるため、三枚のハスの花びらを用意しました。
そして、その三枚のハスの花びらを手に持ち、
「神仏に縁の在るところに落ちよ」と、空高く投げ放ちました
三枚の花びらの内、一枚が伯耆の国、今の鳥取県三徳山へ舞い落ちました。
三徳山へ役小角が行ってみると、険しく切り立ったがけの岩山に、
ぽっかりと大穴が開いていました
役小角はこの場所にお堂を建てようと思いました。
しかし、このような場所で建てるのは簡単なことではありません。
そこで役小角は、山の麓の開けた場所に行き、そこでお堂を造ることにしました。
役小角は、完成した立派なお堂の中に蔵王権現をお祀りし、この建物を蔵王殿と名付けました。
すると役小角は、蔵王殿の前でどっかと座禅を組み、お経を唱え始めました。
そして、お堂に触れたと思った瞬間、なんと大きなお堂を持ち上げてしまったのです。
「えいっ」というかけ声と共に、お堂を放り投げました。
するとお堂は、山の上のほら穴へ、ぴたりと収まりました。
これが蔵王殿のお話しとして、今日まで伝えられています。
この蔵王殿はのちに、役小角が法力をもって投入れたことから、誰ともなく人々が
『投入堂』と呼ぶようになっていったそうです。
鳥取県観光情報HP http://yokoso.pref.tottori.jp/dd.aspx
まあどちらにしても1300年も前にどうやって建てたのでしょうか、去年だったか修復工事をやったらしいですが、材木はやはり素晴らしく良い物を使用されて居たようです!
だって腐食が殆どと言って良い位無い!下から眺めても本当に綺麗なんですもん!
三仏寺(さんぶつじ)は鳥取県東伯郡三朝町にある天台宗の仏教寺院。山号を三徳山(みとくさん)と称する。
開山は慶雲3年(706年)に役行者が修験道の行場として開いたとされ、その後、慈覚大師円仁により嘉祥2年(849年)に本尊釈迦如来・阿弥陀如来・大日如来の三仏が安置されたとされる。
鳥取県のほぼ中央に位置する三徳山(標高900メートル)に境内を持つ山岳寺院である。古くは三徳山全体を境内とした。「投入堂」(なげいれどう)の通称で知られる奥院の建物は、垂直に切り立った絶壁の窪みに建てられた他に類を見ない建築物で、国宝に指定されている。また、三徳山は昭和9年(1934年)7月7日に国の名勝、史跡に指定された。
三徳山三佛寺のHP http://www5d.biglobe.ne.jp/~mitoku/
此処は非常に険しくて危険です。それなりの装備をして行ったほうが良いと思います
私達は宿から聞いてスニーカーと軽装で大丈夫と言われて、スニーカーで行きました。

所在地 鳥取県東伯郡三朝町三徳1010
山号 三徳山(みとくさん)
宗派 天台宗
本尊 釈迦如来、阿弥陀如来、大日如来
創建年(伝) 嘉祥2年(849年)
開基 (伝) 慈覚大師
正式名 三徳山 三佛寺
札所等 中国三十三観音霊場31番
伯耆観音 霊場29番
文化財 投入堂(国宝)、文殊堂、地蔵堂、納経堂ほか(重要文化財)
三徳山 (史跡・名勝)
伝 説
むかしむかしのお話です。
大和の国、今の奈良県の葛城山に役小角という修行僧がいました。
役小角は法力をもって、鬼神を従い、空を飛ぶことも出来たといわれています。
ある日、役小角が聖地と修行の場を求めるため、三枚のハスの花びらを用意しました。
そして、その三枚のハスの花びらを手に持ち、
「神仏に縁の在るところに落ちよ」と、空高く投げ放ちました
三枚の花びらの内、一枚が伯耆の国、今の鳥取県三徳山へ舞い落ちました。
三徳山へ役小角が行ってみると、険しく切り立ったがけの岩山に、
ぽっかりと大穴が開いていました
役小角はこの場所にお堂を建てようと思いました。
しかし、このような場所で建てるのは簡単なことではありません。
そこで役小角は、山の麓の開けた場所に行き、そこでお堂を造ることにしました。
役小角は、完成した立派なお堂の中に蔵王権現をお祀りし、この建物を蔵王殿と名付けました。
すると役小角は、蔵王殿の前でどっかと座禅を組み、お経を唱え始めました。
そして、お堂に触れたと思った瞬間、なんと大きなお堂を持ち上げてしまったのです。
「えいっ」というかけ声と共に、お堂を放り投げました。
するとお堂は、山の上のほら穴へ、ぴたりと収まりました。
これが蔵王殿のお話しとして、今日まで伝えられています。
この蔵王殿はのちに、役小角が法力をもって投入れたことから、誰ともなく人々が
『投入堂』と呼ぶようになっていったそうです。
鳥取県観光情報HP http://yokoso.pref.tottori.jp/dd.aspx



