私達夫婦も年老いてお嫁さんの手を煩わすことの無い様にとお参りして参りました。別に嫌味で参ったわけでは有りません!出来るだけ若い者に迷惑を掛けたくないと思いお参りしてきたのです。
天平9年(737年)、行基上人が開山した「年老いても嫁の手を煩わすことなく、健康で幸福な生涯を全うする」という霊験がある観音院。春と秋の彼岸の中日(春分、秋分の日)に大祭が行われる。
井原市観光協会公式 HP http://www.ibarakankou.jp/



奈良時代天平9年、1200年余り前の名僧行基菩薩の開基と伝えられ行基自作の十一面観音を本尊としてお祭りし、樋の尻観音といいますが、このあたりでは「嫁いらず観音様」の俗称で知られています。
そのいわれは、行基菩薩は両国行脚の際此庄(井原市大江町)に滞在されましたが、当時この地方に妖怪悪鬼が住み、世人を苦しませていました。
行基菩薩はこれを嘆かれ「諸悪を除きたまえ」と大悲薩垂(観世音菩薩)に祈念しました。すると、観音様は、たちまち姿をかえて、三十三身を現して妖怪退治にむかい、中でも千手観音は「大悲の弓」に「知恵の矢」をつがえて雨あられと射かれ、妖怪らのすくむところを十一面観音が「大悲の利剣」をふるって鎮定され、これよりこの地方の生活も安泰となりました。
そこで、行基菩薩は観音の徳をあがめて、最上の白壇木に十一面観音像を彫み樋の尻大磐石の岩陰に安置し、この山を一大観音霊場とし、自ら側らの地に小庵をかまえ、大衆冥福の祈念場とされました。これが樋の尻観音の縁起と伝えられています。
弥来千数百年参詣者は絶えることなく、とくに年老いた人たちが「いつまでも健康で、幸福な生涯を全うし、嫁の手を煩わすこともない」という霊験があり、嫁不要(よめいらず)の観音様といわれております。
縁日に当たる春と秋の彼岸の中日(春分・秋分)の日はもとより、毎月17日の月例祭当日は、中国・四国はもとより、広く全国からも参拝者があり、その多くは中老年の人たちで、数十万人にのぼる。
また、開山千二百六〇周年と鉄道井原線開業を記念して、平成11年1月16日に、本尊・十一面観音像の元の姿とされる「聖観音菩薩」(国内最大級の石仏)を建立された。
「聖観音菩薩」の本体は高さ7.7m、重さ38tで一本の石づくりの仏像としては国内で最大級とされ、二つの蓮華、台座まで含めると11m、88tとなり、さらに設置用の土台も加えると約12mの高さとなる。
天平9年(737年)、行基上人が開山した「年老いても嫁の手を煩わすことなく、健康で幸福な生涯を全うする」という霊験がある観音院。春と秋の彼岸の中日(春分、秋分の日)に大祭が行われる。
井原市観光協会公式 HP http://www.ibarakankou.jp/



奈良時代天平9年、1200年余り前の名僧行基菩薩の開基と伝えられ行基自作の十一面観音を本尊としてお祭りし、樋の尻観音といいますが、このあたりでは「嫁いらず観音様」の俗称で知られています。
そのいわれは、行基菩薩は両国行脚の際此庄(井原市大江町)に滞在されましたが、当時この地方に妖怪悪鬼が住み、世人を苦しませていました。
行基菩薩はこれを嘆かれ「諸悪を除きたまえ」と大悲薩垂(観世音菩薩)に祈念しました。すると、観音様は、たちまち姿をかえて、三十三身を現して妖怪退治にむかい、中でも千手観音は「大悲の弓」に「知恵の矢」をつがえて雨あられと射かれ、妖怪らのすくむところを十一面観音が「大悲の利剣」をふるって鎮定され、これよりこの地方の生活も安泰となりました。
そこで、行基菩薩は観音の徳をあがめて、最上の白壇木に十一面観音像を彫み樋の尻大磐石の岩陰に安置し、この山を一大観音霊場とし、自ら側らの地に小庵をかまえ、大衆冥福の祈念場とされました。これが樋の尻観音の縁起と伝えられています。
弥来千数百年参詣者は絶えることなく、とくに年老いた人たちが「いつまでも健康で、幸福な生涯を全うし、嫁の手を煩わすこともない」という霊験があり、嫁不要(よめいらず)の観音様といわれております。
縁日に当たる春と秋の彼岸の中日(春分・秋分)の日はもとより、毎月17日の月例祭当日は、中国・四国はもとより、広く全国からも参拝者があり、その多くは中老年の人たちで、数十万人にのぼる。
また、開山千二百六〇周年と鉄道井原線開業を記念して、平成11年1月16日に、本尊・十一面観音像の元の姿とされる「聖観音菩薩」(国内最大級の石仏)を建立された。
「聖観音菩薩」の本体は高さ7.7m、重さ38tで一本の石づくりの仏像としては国内で最大級とされ、二つの蓮華、台座まで含めると11m、88tとなり、さらに設置用の土台も加えると約12mの高さとなる。



