HERITAGE OF MODEARNIZATION Story.08 洋紙の国内自給を目指し北海道へと展開した製糸業の歩みを物語る近代化産業遺産群

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明治維新を契機に、紙幣や証券類の発行、西欧の文物を吸収・普及するための印刷物作成などのため、洋紙の需要が増大した。これに対応し、それまで輸入に依存していた洋紙の国産化に向けての動きが始まる。東京府下の王子村で始まった近代製紙業は、技術革新を重ねながら、原料に木材パルプが活用されだすと、豊富な森林資源を求め、北海道へと展開し、国内自給を拡大していった。 このストーリーの近代化産業遺産例

紙は中国で発明され、我が国には610 年に紙の作り方が伝えられたことが日本書紀に記録されている。
これが和紙製造の基礎となり、我が国独特の流しすきによる和紙として発達した。一方、中国の製紙術は西方のヨーロッパ、さらにアメリカへも伝わった。そこで発達したのが洋紙である。
明治維新を契機として、政府が発行する紙幣・証券類や西欧文明を吸収・普及するための印刷物類作成のため、洋紙の需要が増大した。当初は輸入品に依存していたが、首都・東京に近く工業用水に恵まれていた東京府下王子村(現在の東京都北区王子)で、官民双方による洋紙の国産化への動きが始まった。
渋沢栄一らは1873 年に「抄紙会社」(現:王子製紙㈱及び日本製紙㈱)を設立し、機械の動力及び工業用水として大量かつ良質な水を確保するため、石神井川の水利権を得た。そして1875 年には沿岸の下王子村に工場を建設し、布ボロを原料として洋紙生産を開始した。
また、紙幣の国産化を目指した明治政府は、1871 年に大蔵省内に紙幣司(後の紙幣寮、現:国立印刷局)を設けた。そして4 年後には紙幣寮の中に抄紙局(後の抄紙部)を設け、下王子村への銀行券用紙製造工場の建設を決定し、翌年の1876 年に抄紙局工場が竣工した。この官営事業では紙の生産に必要なソーダ灰の製造にも着手したが、当時欧米の最新技術であったソルベー法ではなく、一世代前の技術であるルブラン法を採用したため品質が良いとは言えず、明治期においては製紙用ソーダ灰の大半を輸入に依存していた。
その後、1890 年前後から、紙の原料として従来の布ボロに代わって木材パルプが脚光を浴び始め、製紙用パルプの輸入が増大する一方で、パルプ自給化の動きが活発化した。なかでも、北海道の豊富な森林資源に注目が集まり、まず、1900 年に、釧路で前田製紙合名会社(現:王子製紙㈱)が道内初の木材パルプを原料とした紙の製造を開始した。これに続いて、既に道外で製紙業を営んでいた企業の進出も始まり、1908 年には富士製紙㈱(現:日本製紙㈱)の江別工場、1910 年には王子製紙㈱の苫小牧工場が操業を開始した。この時期に洋紙需要が増大した背景の1つとして、国定教科書用紙が和紙から洋紙に切り替わったことが挙げられる。
北海道の製紙工場のうち、王子製紙㈱の苫小牧工場は、当時東洋一の規模といわれるものであった。
同社の鈴木梅四郎専務が1904 年に、北海道、特に支笏湖周辺を綿密に調査し、苫小牧工場建設を断行した。また、同社の藤原銀次郎が水力発電による電力の確保、専用鉄道による石炭や木材の輸送経費の低減化を立案し、支笏湖を水源とする千歳川において水力発電所(現在5 箇所で稼動)を、また、支笏湖と苫小牧を結ぶ王子軽便鉄道(通称山線)を整備した。千歳第1 発電所は現役の産業用発電所としては最古のものである。1910 年建設のレンガ造りの建物の中に、1910 年製(発電機はアメリカ製、水車はスイス製)、1914 年製(発電機は国産、水車はドイツ製)、1969 年製(発電機・水車ともに国産)の発電設備が並び、1914 製の国産発電機が現在も常時稼動している。王子軽便鉄道は、1908 年に蒸気機関が導入され、苫小牧から発電所建設資材、支笏湖からは苫小牧工場建設資材を運搬した。1922 年からは客車をつけ、支笏湖地区への一般旅行者も運ぶようになり支笏湖周辺の発展にも寄与した。その後、製紙生産の規模拡大に伴い、さらに電力が必要とされ、尻別川において1921 年に第1 発電所、1926 年に第2 発電所が建設され、現在も稼動している。
北海道への進出により生産量を拡大した我が国の製紙業は、日露戦争後の出版業の好景気に伴う国内需要拡大、第一次世界大戦後の欧州諸国の生産低迷に伴う輸出拡大などを背景として、順調に成長した。
また、第一次世界大戦以降に国内のソーダ工業が本格的に発展し始めたことも生産量の拡大に貢献した。
このような製紙業全般の好況に支えられて、大正期以降も北海道各地への製紙企業の進出が続き、1920年には富士製紙㈱の釧路工場、1940 年には国策パルプ工業(現:日本製紙㈱)の旭川工場などが操業を開始した。
以上のような製紙業の発展過程は、国内産業創出と技術革新の末に製品の国産化を達成した事例を示すものとして、産業史上重要な出来事といえる。また、北海道の苫小牧・釧路・旭川などの地域が、製紙工場の立地を契機として、今日も北海道の経済を牽引し続ける工業都市へと発展したという事実は、近代の北海道開拓史において製紙業が果たした役割の重要性を物語っている。

  • 8-a 渋沢史料館(青淵文庫)/東京都北区
  • 8-b 紙の博物館/東京都北区
  • 8-c 独立行政法人 国立印刷局滝野川工場/東京都北区
  • 8-d 王子製紙(株)苫小牧工場旧事務所/北海道苫小牧市
  • 8-e 王子製紙(株)専用線4号機/北海道苫小牧市
  • 8-f 王子製紙(株)千歳川第1発電所/北海道千歳市
  • 8-g 山線鉄橋/北海道千歳市
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出典:経済産業省作成「近代化産業遺産群33」

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