HERITAGE OF MODEARNIZATION Story.32 九州南部における産業創出とこれを支えた電源開発・物資輸送の歩みを物語る近代化産業遺産群

地域特性を踏まえ発展

明治維新後の殖産興業期、高島、三池、筑豊など我が国有数の産炭地域を擁した九州北部は、蒸気機関や蒸気船の燃料炭、製鉄業の原料炭、外貨獲得のための輸出炭などを供給し、我が国の近代化を支えた。その一方で、九州南部は、豊富な木材を炭鉱の坑木として供出するなど北部の近代産業を下支えするとともに、明治期後半には豊富な雨量と急峻な地形を背景として電源開発が行われ、多量の電気を必要とする製紙工業や化学工業が発達していった。九州南部におけるこれら近代産業の発展は、常に電力の増強を必要とし、多くの電源開発が行われたが、中には、送電線を通じて九州北部の製鉄業などに電力を供給する大規模発電所も建設された。また、同時期、南九州を縦貫する幹線鉄道が全線開通し、九州北部への木材などの輸送が飛躍的に効率化された。 このストーリーの近代化産業遺産例

明治維新後の我が国の殖産興業期において、高島炭鉱・三池炭鉱・筑豊炭田などを擁する九州北部は、我が国有数の産炭地域として、蒸気機関や蒸気船の燃料炭、製鉄業の原料炭、外貨獲得のための輸出炭などを供給し、我が国の近代化を支えた。その一方で、九州南部は、豊富な木材を炭鉱の坑木として供出するなど北部の近代産業を下支えするとともに、明治期後半には、豊富な雨量と急峻な地形を背景として各地で電源開発が行われ、多量の電気を必要とする製紙工業や化学工業が発展していった。
1898 年、球磨川沿いに九州初の近代的製紙工場である東肥製紙㈱(後に九州製紙㈱、現:日本製紙㈱)が操業を開始した。操業当時は球磨川の舟運によりパルプ材を運搬していたが、1909 年に南九州を縦貫する幹線鉄道・鹿児島線(現:肥薩線)が全線開通し、木材輸送が飛躍的に効率化された。また、球磨川の水力を活用した電源開発を推進したことにより、近代的な生産体制が構築され、第1 次世界大戦の特需も相まって大きく業績を伸ばした。
また、後に「電気化学工業の父」と称される野口遵も、九州南部のこの豊富な水力に着目した一人であった。東大電気工学科に在籍していた野口は、国家の産業基盤を支えるものとして水力発電に高い関心を持っており、卒業後に福島県の郡山電灯会社で水力発電事業に携わった。その後、ドイツの企業であるシーメンスの東京支社に勤務する中で、電気によるカーバイド製造及びこれを原料とした窒素肥料の製造に注目し、事業化に向けて研究を行った。カーバイドとは、工業原料として広く利用される炭化物であり、照明用燃料のアセチレンガス、石灰窒素、硫安などの原料として需要が増大していたが、当時の我が国では製造できず、輸入に依存していた。野口は志を同じくする技術者たちと協力し、1903年に現在の仙台市で我が国初のカーバイド製造に成功した。
その後、野口のもとに、現在の鹿児島県大口市に鉱山の排水用動力確保のための発電所を建設する計画が持ちかけられ、電気化学工業の実業家として乗り出す機会が訪れた。野口は、1906 年に曽木電気㈱を設立し、曽木発電所を建設して発電事業を開始した。また、翌年には現在の熊本県水俣市に日本カーバイド商会を設立し、曽木発電所の余剰電力によるカーバイド製造を開始した。さらのその直後に渡欧して窒素肥料製造の特許を購入し、1908 年には曽木電気㈱と日本カーバイド商会を合併させて日本窒素肥料㈱(現:チッソ㈱)を設立し、カーバイドを原料とした窒素肥料製造事業に乗り出した。
この事業は、自家発電による電力と国産原料を用いたことが功を奏し、第一次世界大戦に伴う原料及び肥料の輸入減少の際に大きな利益を挙げたが、野口はその中でもさらに新しい技術の導入を模索していた。そして、再び渡欧した際に、アンモニア合成の実験をしていたルイキ・カザレーに接触し、空中の窒素と水を分解して得た水素でアンモニアを合成する新しい技術(カザレー式アンモニア製造法)について知り、この技術を用いて窒素肥料などの生産を行うことを構想した。そして2 年後の1923 年には、水力発電により豊富な電力が得られる現在の宮崎県延岡市に日本窒素肥料㈱延岡工場(現:旭化成㈱)を建設し、イギリスとイタリアから機器を導入し、世界で初めてカザレー式アンモニア製造法の実用化に成功した。ここで製造された合成アンモニアは、窒素肥料製造だけではなく、昭和初期から中期にかけて我が国において発展を遂げたベンベルグやレーヨン等の人造絹糸製造等に欠かせない原料となった。
この他、九州南部における化学工業をはじめ九州の近代産業の発展は、常に電力の増強とともにあり、多くの電源開発が行われた。なかでも、1938 年に運転開始された塚原発電所(塚原ダム)は、水力発電が主要な発電方式であった戦前から戦後にかけて、九州の近代産業の興隆を下支えした大規模発電所であり、11 万V 送電線を通じて、製鉄業が発展した九州北部などへ電力を供給するとともに、全九州の電力の周波数調整を行う重要な役割を担った。

  • 32-a 旧曽木第2発電所/鹿児島県大口市
  • 32-b 塚原ダム(発電所)/宮崎県東臼杵郡諸塚村
  • 32-c カザレー式アンモニア製造装置/宮崎県延岡市
  • 32-d ハンク式紡糸機/宮崎県延岡市
  • 32-e バタワース式レーヨン紡糸機/宮崎県延岡市
  • 32-f 肥薩線 人吉機関車庫/熊本県人吉市
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出典:経済産業省作成「近代化産業遺産群33」

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