HERITAGE OF MODEARNIZATION Story.33 近代の沖縄経済に貢献した『2つの黒いダイヤ』製糖、石炭両産業の歩みを物語る近代化産業遺産群
近代において、沖縄の経済産業について重要な役割を果たしたのは、沖縄特産の黒糖と西表島産出の石炭であった。黒糖製造は、明治期に鉄製圧搾機の導入などにより大幅な生産効率の向上を達成するとともに、宮古・八重山地域への普及により、生産地域の大幅な拡大にも成功した。大型製糖工場としては、農商務省が西原に建設した模範工場が最初であるが、その後、県外の民間資本による製糖工場が嘉手納、豊見城、南北大東島などに次々と建設された。さらに、第一次世界大戦後の糖価の大高騰と大暴落を経て、昭和初期の政府による沖縄振興策による助成を受け、製糖業は、沖縄の基幹産業へと発展していった。一方、西表島の石炭については、県外の中小資本の経営による炭鉱開発が進められ、西表島の西部地域を中心として最盛期には十数坑から掘り出されていたが、昭和に入ると浦内川支流の宇多良で開坑が行われ、西表島の炭鉱坑の主な舞台もここに移される。宇多良炭鉱は、ジャングルを切り開き、近代的設備を導入し、集落を形成し、娯楽施設まで備わった炭鉱村を出現させるに至った。 このストーリーの近代化産業遺産例
近代において、沖縄の経済産業について重要な役割を果たしたのは、沖縄特産の黒糖と石垣島から産出された石炭という2つの「黒いダイヤ」である。
沖縄での黒糖製造は1600 年代に中国からの技術移入により始まったものであるが、明治期の鉄製圧搾機の導入と水力利用により大幅な生産効率の向上を達成し、1888 年の「甘蔗作付制限・禁止令の撤廃」による宮古・八重山地域への普及により、生産地域の大幅な拡大に成功した。
大型製糖工場としては1907 年に農商務省が西原に建設した模範工場が最初であり、その後、民間の製糖工場が嘉手納、豊見城、高嶺、宜野湾に次々と建設され、1916 年にそれまで無人島であった南大東島・北大東島に大型の分蜜糖工場が建設されたが、これらはいずれも県外資本によるものであった。
しかしその後、第一次世界大戦後の糖価の大高騰と大暴落を経て、昭和初期の政府による沖縄振興策による助成を受け、製糖業は沖縄の基幹産業へと発展していくこととなった。
なお、南大東島は現在まで継続して糖業を中心として発展してきたが、北大東島については、明治期に発見された燐鉱石が第一次世界大戦により需要が高まったのを契機として、製糖会社が燐鉱事業に本格的に乗り出し、燐鉱の島として栄えた時代もあったが、それも戦後の米軍接収を経て衰退し、再び糖業の島として再生を遂げた。
当時の沖縄における製糖業の盛況ぶりは、甘蔗運搬を目的として敷設された産業用鉄道の発達からもみることができ、本島では那覇を中心に嘉手納、与那原、糸満を結ぶ3路線の県営軽便鉄道が敷設され、南大東島の南大東島砂糖鉄道の他、石垣島や宮古島にも甘蔗運搬鉄道が建設された。
沖縄における製糖産業の遺産は、第二次世界大戦時の空襲や艦砲射撃を受け、そのほとんどが破壊されてしまったことから、現在残っている遺産も一部分の遺構である。しかし、製糖産業は特に大東、宮古、八重山地域においては現在も基幹産業の一つとして引き継がれており、戦後すぐに復旧され近年まで稼働していた遺産もある。
一方、西表島の石炭については、「燃える石」の存在が古くから内離島の伝承などにより伝えられていたが、明確に認知されたのはペリーが浦賀から那覇に立寄った際に行った全島の地質調査がきっかけであると言われている。西表炭鉱の採掘に最初に着手したのは、1885 年に明治政府の意を受けた三井物産であり、沖縄本島の囚人を使役して採掘を始めるが、マラリアの蔓延等により数年で撤退することとなった。その後も沖縄唯一の石炭産出地としての重要性と石炭需要の増大を背景として、八重山炭鉱、琉球炭鉱、沖縄炭鉱等の本土中小資本経営による炭鉱開発が進められ、西表島の西部地域を中心として最盛期には十数坑から掘出されていたが、昭和に入ると浦内川支流の宇多良に丸三炭坑宇多良鉱業所が開坑され、西表炭鉱の主要舞台もここに移されることとなった。宇多良炭鉱はジャングルを切り開き、近代的設備を導入し、集落を形成して娯楽施設まで備わった炭鉱村を出現させるに至ったが、第二次世界大戦により船による積み出しが困難となり閉鎖された。
その後、西表島の内離島や宇多良炭鉱跡については、炭鉱開発等が戦後再開されることはなかったことから、現在では亜熱帯林の中に当時の面影を留める遺構が残されている。
- 33-a 高嶺製糖工場跡/沖縄県糸満市
- 33-b 蒸気機関車(ふるさと文化センター所蔵)/沖縄県島尻郡南大東村
- 33-c ディーゼル機関車(ふるさと文化センター所蔵)/沖縄県島尻郡南大東村
- 33-d 旧東洋製糖燐鉱石貯蔵庫跡/沖縄県島尻郡北大東村
- 33-e 宇多良炭鉱跡 橋梁跡/沖縄県八重山郡竹富町
- このストーリーのすべての遺産を見る
出典:経済産業省作成「近代化産業遺産群33」




















































