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竹瓦小路木造アーケードへのクチコミ
竹瓦小路木造アーケードの修復保存活動は多くの市民および「温泉ファン」によって支えられています。この動画は平成19年の5月3日に行われたチャリティバザーの模様ですが、このチャリティバザーを主催したのが、別府八湯温泉道の温泉名人の有志のみなさま・・日ごろから別府の温泉を楽しんでいるので、せめてもの恩返しという事で全国の各地から集まってチャリティバザーを開催してくれました。地元の人がやるのは当たり前なんですが、他の土地の方が集まってこれほどの活動をしてくれるなんて、木造アーケードは幸せ者ですね。
竹瓦小路木造アーケードの入り口にカフェ「TAKEYA]があります。 ここのママさん=たみこさんが作るのが。。別府湾弁当 「たみこの夢」弁当 です。 地元の名物料理、とり天をはじめ、じゃこめし、地魚の南蛮付けや特製のたまご焼きなどすべて手作りのこのお弁当は、なんと、JR九州の駅弁コンテストで堂々の二位になりました。
http://www.jrkyushu.co.jp/ekiben/index.jsp
ということで、竹瓦温泉や竹瓦小路木造アーケードに行くときは、この駅弁をぜひ・・
価格は1,000円です。takeya名物のカレーパンや木造アーケード内の名店「塩月堂」さんのミニゆず羊羹もついています、つまりデザート付・・ ご注文はお電話で・・0977-23-1006 takeyaさん・・ タケヤさんの表の席で竹瓦温泉や木造アーケードを眺めながら食べるのがお勧めです!
この「たみこの夢」弁当ですが、竹瓦小路の木造アーケードを守りたい!というたみこママの夢を実現するために作っているお弁当なのです。このお弁当の売り上げの5%は木造アーケードの修復に使われる事になっています。今年も貯まったお金で修復工事がおこなわれる予定です。
明治4年の開港以来、別府港は、九州の東側の物流拠点として物資を瀬戸内海経由で関西地方に運ぶとともに多くの温泉入湯客を四国や関西方面から受け入れていました。また、明治44年には別府駅も開業し、当時隆盛を誇っていた筑豊地方の炭鉱地域からの入湯客も多く訪れるようになりました。その当時の北部九州一帯は、日本の近代化を支えてきた産業地帯で、別府をはじめとする九州の温泉場は、そこで働く労働者や資本家の慰労・保養の場として発展してきたのです。
そのような時代背景の下、別府で最も賑わったメインストリートの「流川通り」と、人気の高かった「竹瓦湯(現:別府市営竹瓦温泉)」を結ぶ路地の所有者が話し合って作ったのがこの「竹瓦小路木造アーケード」です。(当時の名称は「竹瓦マーケット」というハイカラなものでした。)
この木造アーケードは、アーケードなどという言葉もなかった頃、おもちゃ屋、別府絞りの店、つげ櫛屋、化粧品、竹細工の店。しかも、天井はガラス張り。別府の住人だけでなく、四国・関西からわざわざ見学の人が来るほど、竹瓦小路アーケードは賑わいました。大正10年12月1日のことでした。
その後、終戦後の高度経済成長期にも多くの修学旅行生や観光客でにぎわいましたが、昭和40年代の別府港の移転により観光客は徐々に姿を消し、温泉歓楽街の中のひなびた飲み屋街としてひっそりと存在する場所になったのです。
近年の竹瓦温泉を核にしたまちづくりの運動の中で、この木造アーケードには、まちづくりサロン、オープンカフェ、古い造りを活かした居酒屋、学生のまちづくり活動拠点、車いすの方々が集うフリースペースなどが集まり、まちづくり コミュニティ・ビジネスの拠点として新しい姿を見せ始めています。
別府の町の発展から衰退、そして再生への取り組み・・つぎはぎだらけで何度も何度も修繕されてきたこの木造アーケードにはこの土地で暮らしてきた人々の営みがそのまま記録されているような気がします。
こちらは、別府市の交通、レンタカー(その他),近代化産業遺産群:竹瓦小路木造アーケードの特集ページです。 お店の地図や、お得なクーポン!クチコミがご覧頂けます。 別府市の交通、レンタカー(その他),近代化産業遺産群の中でも一押しの人気店です。 スタッフが書いたブログや、詳しいメニューの一覧なども満載。 別府市の交通、レンタカー(その他),近代化産業遺産群なら竹瓦小路木造アーケードで!

